WSTマイス宗谷・稚内紀行
ボレアース宗谷編
と、いう訳で稚内フェリーターミナルへたどり着いた。

フェリーなので定員オーバーと言うことはまず起こり得ないが、結構な人だった。取り敢えずツアーの団体が何社も入っている様子だった。
だが、座るところが全くないと言う状態でもない。
鍵を掛けたスーツケースを荷物置き場に置いて船内を徘徊。

そうこうしているうちに船は稚内港を出発した。

暫しのお別れだ稚内。

海上保安庁の巡視船が停泊していた。

こちら、稚内のランドマークタワー開基百年記念塔。
こんな丘の上にあるんです。

船は港を離れて行く。

赤い灯台が可愛らしい。
で、稚内から礼文島は香深港へは約二時間。
その間、ずっとカメラの説明書を読んだりして一夜漬け状態で機能を覚えようとしていた。
そうこうしているうちに晴れて来た。

遠くに見えるのは利尻富士だ。
デッキを徘徊する海龍。

北の海でも南の海でも湧いて出る。


船に乗っていたら当然前方に行きたいと思うじゃない。
だが、

そこはお金持ち専用エリアなのだ。
愕然とする海龍。
これは自分の命を救っていた存在がポセイドンではなくアテナと知った時ぐらいの衝撃だ。

「…な…なんだと!?」
前がだめなら後ろを見るしかない。



めげずにドヤ顔。

雄大な利尻富士。

望遠レンズで撮ってみた。
登山愛好家をひきつけてやまないのだとか。

折角なので利尻富士と私。
そうこうしているうちに礼文島が近付いて来た。




礼文島と私。


お向かいには利尻富士。

北海道はほぼこの人の独壇場だ。

香深港が近づいて来た。
香深港と私。
「香深とはカフカと読むのだ。『変身』で有名なフランツ・カフカとは読みが同じだけで関係ない」

そうこうしているうちに船は香深港へと入って行った。
香深港とは関係ないと言いながら、カフカについて語る。

「フランツ・カフカは実存主義文学の先駆者となった作家だ。彼らの作品を礎に、第二次世界大戦を経たフランスでは実存主義がサルトルらによって提唱されるようになった」
それを語るのがカミュと言う。
カフカや実存主義文学の講釈に付き合っていては下船をし損ねてしまう。

昼下がりのデッキ。

こんなものが撮れると言うことはお客さんの殆どは下船していると言うことです。

「早く降りんと船員に摘まみだされるぞ」

と、いう訳で下船だ。
香深港編

お土産屋さんの前の看板がお出迎え。
今回お世話になったのはボレアース宗谷号。

ボレアースがボレアリスと同じ意味であったことを編集中に知る。
出航するボレアース号。

…ああ…、アイザックと一緒に撮っておけば…。
だが、周囲に結構人がいるので海龍すら撮れていない。

利尻富士とボレアース宗谷。

で、海龍が出て来たのはその後。

利尻富士と俺。

朝の曇天は嘘のよう。

ホリデー感あふれる海龍の姿。
いい加減絞って被写界深度を深くして撮影して欲しい。
だがこの頃はオートフォーカス一筋でAVモードなどよう使わんかった。

晴れているので利尻富士もはっきり。

「利尻島って火山島らしいな…」
イメージとしては火山の裾野に人が住んでいる感じ。エオリエ諸島のストロンボリ島みたいなものかなと勝手に思っている。

「ストロンボリ島は絶賛活動中だが、こちら利尻富士は有史以来火山活動はないと言われている。死火山とも言われているが、まあ火山のことだ、今後全く活動が無いとも言い切れん」

火山についてちょっと思いを巡らせる。